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瞽女(ごぜ)とは盲目の女旅芸人のことで、三味線などを弾き唄い、村々を門付巡業することで生計を立てた。男盲僧琵琶法師の集団である当道座は江戸幕府の庇護を受け全国の座頭を統括したが、瞽女は地方ごとに多数の小さな扶助組合をつくり、それぞれのテリトリー内を巡業して回った。

写真1~3はいずれも明治東京桜の名所である。花見の席には祝いの楽の音が必要なのだろう、賑わう人々の中三味線を奏でる瞽女の姿を見ることが出来る。写真4は3と同じく小金井の花見に合わせてやって来たであろう芸人たちだが、よく見ると一人は女、残り二人は男である。瞽女同士のコミュニティに属さないはなれ瞽女(はぐれ瞽女)と呼ばれる瞽女だろうか。

瞽女の出で立ちといえば傘(頭巾)・三味線・そして杖である。写真5~11にはっきりと見ることができる。目が見える者でさえ知らない場所を旅するには危険が伴う。瞽女は通常集団で行動し、手引きと呼ばれる少しだけ見える者、または目が見えるが何らかの事情があって瞽女となった者が道を先導して歩く。
瞽女になる者は幼いうちに師匠に弟子入りし、身だしなみから躾から厳しい掟に耐えねばならなかった。そうして仲間同士結びつかねば生きて行けなかったのだろう。写真7の右端に写るのは見習いのようにも見える。










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瞽女の掟に夜這いで子供が出来れば追放というものがあり基本瞽女は独身である。しかし掟を破ることを余儀なくされ、または厳しさに耐えかねて、はなれ瞽女になる者は少なくなかったという。写真8~11の瞽女はいずれも一人だが、はなれ瞽女だろうか。定かではない。
写真12は瞽女かどうか不明だが、リアリティのある良い写真と思い掲載する。瞽女には子供ができて追放された者もいたが、独身のまま養子をとった者、または子供ができてから失明し瞽女になった者もあったという。

日本中世には既に、楽器を手に各地を漂白する呪術的な性質を帯びた旅芸人としての盲人の姿が記録されている。現代よりずっと交通手段もなく村の外が人の領域ではなく霊的なものとして考えられていた時代、外からやって来る者は異界からくる神=マレビトとしてもてなされた。村落共同体に属さず異界を漂泊する旅芸人や物乞いは異端として畏怖され、ある種の聖性を帯びていた。
近代村落において瞽女が歓迎されたのは他に娯楽が少なかったということもあるだろうが、険しい道や時には雪の中さえも手引きと音を頼りに越えてやってくる盲目の瞽女の姿に、神がかり的なものを覚えていたとしても不思議ではないように思う。(S)




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